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札幌高等裁判所 昭和47年(ネ)59号 判決

当審参加人

株式会社イケソー

右代表者

池田宗次

右訴訟代理人

池田粂男

脱退控訴人

池田宗次

被控訴人

小野澤ミツエ

右訴訟代理人

入江五郎

主文

一  当審参加人の被控訴人に対する別紙第二目録記載の建物を収去して同第一目録記載の土地の明渡を求める請求及び損害金の支払請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人は当審参加人に対し、金五六万四七七六円及び内金八万五四七六円に対する昭和四四年一一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  当審参加人の被控訴人に対する賃料支払請求のうち、右二項で支払を命じた金額をこえる部分の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を当審参加人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2項の事実〈編注・土地の賃貸借、賃料増額の特約〉は当事者間に争いがない。

二そこで参加人主張の賃料増額請求があつたかどうかについて判断する。

1  脱退控訴人が被控訴人に対し、昭和四二年五月二三日に本件土地の賃料を同年四月分以降一万一〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは被控訴人の認めるところであるが、それ以前に参加人主張のような増額請求があつたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

すなわち、〈証拠〉には、脱退控訴人は被控訴人に対し、本件土地の固定資産税課税標準額が改訂される都度、賃料増額の申し出をしたとの記載があるが、昭和四二年度の賃料増額請求がいつ行われたかは明らかにされていない。

また、〈証拠〉には、脱退控訴人の賃料増額の要請に対し、被控訴人は「昭和四二年四月来」これを拒否してきたとの記録があるが、昭和四二年四月分以降の賃料について増額を拒否してきたと解する余地があるから、この記載によつて直ちに昭和四二年三月中には増額請求があつた趣旨であると断定することはできない。

更に、〈証拠〉には、昭和四二年四月分以降賃料を増額する旨通告されているとの記載があるが、増額請求のあつた時期については何ら言及されていない。

〈証拠〉中にも、「昭和四二年四月ごろ」に賃料増額の通告があつたという趣旨にとれる部分があるが、具体的な時期は明らかではない。

したがつて、賃料を一万一〇〇〇円に増額する旨の請求は、昭和四二年五月二三日に行われたものと認めるほかはなく、その効力は将来に向つて発生するのであるから(借地法一二条一項)、右増額請求の効果は同月二四日以降の賃料について生ずることになる。

2  〈証拠〉によれば、昭和四三年春、脱退控訴人から被控訴人に対し、賃料を一か月一万三二〇〇円に増額する旨の意思表示があつたことが認められる。

もつとも被控訴人は、「昭和四三年二月二四日」に賃料を「一万一〇〇〇円」に増額する旨の請求があつたとも供述しているが、被控訴人の供述内容を検討すると、全体的に時期の点等について記憶の混乱あるいは記憶違いと思われる点が多数あることが窺われるから、右の二月二四日というのはそのまま採用することはできないし、一万一〇〇〇円というのは昭和四二年の増額請求との混同であろうと推測される。

そして、被控訴人が原審における本人尋問において具体的な時期はともかくとして昭和四三年春に増額請求があつたことは明確に認めていること、甲第三号証に「固定資産税の増額の都度、賃料増額を申し出てきた」との記載のあること、固定資産税の増額にもかかわらず、この年だけを脱退控訴人が増額請求をしなかつたとは考えられないことを併せ考えると、「昭和四三年春」に「一万三二〇〇円」に増額する旨の請求があつたものと認めるのが相当である。

右のとおり、増額請求の時期は昭和四三年春という以上には明らかではないから、当裁判所に顕著な札幌市における季節の推移に照らして、遅くとも同年六月中には増額請求があつたものと認めるほかはない。

したがつて、賃料を一万三二〇〇円に増額する旨の請求は、昭和四三年七月一日以降の賃料について効力を生ずることになる。

3  脱退控訴人が被控訴人に対し、昭和四四年三月、同年四月分以降の賃料を一か月一万五八〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

三次に右増額請求の効力について検討する。

1 脱退控訴人と被控訴人との間で、賃料の増額について本件特約が締結されていることは当事者間に争いがない。

この特約は、本件土地の公課を賃料改訂の際に考慮すべき一つの要素とする趣旨、すなわち借地法一二条一項と同趣旨を念のために定めたにすぎないと解する余地がないわけではない。

しかし、そうであるとすれば右特約は特段の意味を有しない約定となつてしまうところ、〈証拠〉によれば、本件特約は、昭和三五年五月一〇日付の脱退控訴人と被控訴人との間の土地賃貸借契約書にその一条項として記載されているが、右契約書は脱退控訴人がみずからその原稿を作成したものであつて、市販の契約書用紙をそのまま使用したものではないことが認められるから、契約当事者ことに脱退控訴人としては右条項にそれなりの意義、効果を付与しようと考えていたものと推測するのが相当であり、本件特約は「公課金増額の比率に準じ賃料をその比率に応じて増額することができる」と一義的に明確に定めていること、〈証拠〉によれば、脱退控訴人は昭和三五年以後、本件特約に基づいて、固定資産税、都市計画税の増額を理由に、被控訴人に対して数回本件土地の賃料の増額を請求し、被控訴人も昭和四一年に月額九二三〇円に増額されたときまではこれに応じてきたことが認められること等の事実をも併せ考えると、本件特約は、その文言どおり、賃貸人は本件土地の増額の比率と同一の比率でその賃料の増額を請求することができるという趣旨であると解するほかはない。

2 借地法一二条は強行法規ではないから(借地法一一条参照)、賃料増額の要件について借地法一二条一項と異なる内容を定める特約はすべて無効となるというものではない。

しかし、賃料額を定める基準が著しく不合理であるとか、当事者の一方にだけ不当な利益をもたらすとかいつた内容の特約については、その有効性に疑問の余地がある。そこで、本件特約の意味、内容について検討することにする。

〈証拠〉によれば、本件土地に対する公課として固定資産税及び都市計画税が賦課されていることが認められる。

そして、固定資産税及び都市計画税の税額が決定される基準は、次のようなものである(以下、この項で引用する地方税法の条文は、本件特約が締結された昭和三五年当時のものであるが、特に指摘しない限り現時点においてもその内容に変わりはない。)。

土地に対して課する固定資産税の課税標準は、当該土地の基準年度(地方税法三四一条六号によれば、基準年度とは、昭和三三年度から起算して三年度又は三の倍数の年度を経過したごとの年度をいう。)に係る賦課期日(地方税法三五九条によれば、固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とされている。)における価格で土地課税台帳若しくは土地補充課税台帳に登録されたものとされており(地方税法三四九条一項)、この場合の価格とは「適正な時価」をいうものとされている(同法三四一条五号)。

都市計画税の課税標準も当該土地の価格であり、その価格とは当該土地に係る固定資産税の課税標準となるべき価格をいう(同法七〇二条)。

また、固定資産税の標準税率は、百分の1.4と定められている(同法三五〇条)。標準税率とは、地方団体が課税する場合に通常よるべき税率であつて、財政上の特別の必要があると認める場合においてはこれによることを要しないが(同法一条一項五号)、標準税率をこえる税率で固定資産税を課する場合においても、百分の2.1をこえることができないとされている(同法三五〇条一項但書)。昭和三四年度以降、固定資産税の標準税率は百分の1.4と定められている。

都市計画税の税率については、百分の0.2をこえることができないと定められている(同法七〇二条の三。但し、現在は百分の0.3とされている。)。

ちなみに、〈証拠〉によれば、札幌市においては、昭和三九年度及び昭和四一年度ないし昭和四四年度は、固定資産税の税率は百分の1.4、都市計画税の税率は百分の0.2と定められていたことが認められる。

なお、基準年度における固定資産税の課税標準の基礎となつた価格は、土地については地目の変換その他これに類する特別の事情等がない限り、翌年度及び翌々年度まで三年間据え置くこととされている(地方税法三四九条二項、三項)。

以上のとおり、土地の固定資産税及び都市計画税は、当該土地の適正な時価を基準として、それに一定の比率を乗じて算出する旨法律上定められているのであつて、本来土地の時価を反映し、その増減に比例するものであるということができる。しかも、原則として毎年改訂されることはなく、三年経過するごとに改められることになつている。

したがつて、固定資産税課税標準価格が法律の規定どおり行われ、それが土地の時価の推移に正確に対応するものであるならば、公課の増額の比率は土地の価格の上昇の比率に等しい(但し、土地の価格は三年ごとに考慮される。)ことになる。

そうすると本件特約は、借地法一二条一項が賃料増額の事由として掲げる諸要素その他賃料の算定に影響を及ぼす様々な経済的要因のうち、公課の増加だけを賃料増額の事由とする特約ということになるけれども、それと同時に、これも借地法一二条一項が賃料増額の事由として定める地価の上昇だけを基準として、その比率に応じて賃料を増額する旨の特約ということになる。

そして、地価の上昇が地代増額の最も決定的な要因であることは否定できないところであり、賃料は目的物を使用、収益することの対価にほかならないから、これをその目的物の価格に対応して定めることは、合理性を有するものと認められる。

以上検討したところによれば、本件特約自体は、決して不合理なものとはいえないし、賃貸人にだけ一方的に不当な利益をもたらすものでもないから、これを無効とすることはできない。

もつとも、昭和三五年当時においても、またそれ以後も、地価が上昇の一途をたどつていることは公知の事実であり、本件特約のように地価の上昇による利益を全面的に賃貸人が享受することについては、賃貸人の利益を偏重するものであつて妥当ではないという考え方もありえようが、だからといつて直ちに本件特約を無効とするのは相当ではない。

3 右のとおり、本件特約それ自体は、これを無効とする理由は見出せないのであるが、固定資産税課税標準価格は、現実には必ずしも適正な時価を基準として定められてはいないし、時価の推移に比例してその改訂が行われてもいないことは、公知の事実である。

また、固定資産税及び都市計画税の税率も、地方税法の定める制限の範囲内で変更されることがありうるし、税率を定める地方税法自体が改正されることもありえないことではない。

したがつて、現実には本件土地の公課の額は、必ずしも本件土地の時価の推移に対応するものではない。

前記のとおり、本件特約は賃貸人の提案によつて締結されたものであることが認められるから、その直接狙いとするところは、土地の公課の高騰によつて賃貸人が損失を被らないようにすることないしは地価の上昇による利益を賃貸人が取得することであつたのかもしれないが、それと同時に、土地の公課の変動が地価等賃料を定める諸要因の変動ひいては適正な賃料額の変動におおむね比例するであろうとの予測、少なくとも適正な賃料額の推移と大幅にくい違うことはなく、公課の増額の比率によつて定めた賃料額は適正な賃料額と対比して著しくかけ離れたものではないであろうとの契約当事者の予測の下に締結されたものであろうと推認される。

したがつて、本件土地の公課の額の推移と本件土地の価格の推移とが著しくかい離するに至り、公課増額の比率によつて算出した賃料額がその時点での適正賃料額と大幅にくい違うに至つた場合にまでなお本件特約が適用されるとするのは、契約当事者の意思に沿うものではないと解される。土地の公課について地価の推移とかけ離れた著しく急激かつ甚大な増額があり、本件特約どおりの基準によつて算出した賃料額が適正な賃料額をはるかに上廻ることになつて、賃借人にそのような賃料の支払義務を負わせるのが酷であると考えられる場合には、本件特約は事情の変更によりその効力を失うに至るものと解するのが相当である。

4  これを本件についてみると、〈証拠〉によれば、本件土地を含む一番三の土地の昭和四一年度から昭和四四年度の固定資産税額は毎年二〇パーセントずつ上昇し、同じ時期の都市計画税は毎年六〇パーセントずつ(但し、昭和四四年度は昭和四三年度に比較して二六パーセント)上昇していることが認められ、本件土地の公課は短期間に急激に上昇したことは明らかである(もつとも、脱退控訴人の増額請求は、毎年二〇パーセントずつの増額にとどめている。)。

このようにこの間の固定資産税及び都市計画税が急激に増額されたのは以下のような事情によるものである。

自治大臣は、固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(固定資産評価基準)を定め、これを告示しなければならないが(地方税法三八八条一項)、現行の固定資産評価基準は昭和三八年一二月二五日に告示され、昭和三九年度における評価から適用されている。

ところで、この新しい評価基準による昭和三九年度の評価替えの結果、土地の評価額は大幅に変動し、例えば宅地の評価額は全国平均で従前の約六倍に達することになつた。そのため、この新評価額に基づいて、本来の原則どおりに直ちに課税すると、税負担の急増を招くことになつた。

そこで、評価額とは別個に課税標準額を設けて、毎年徐々に税負担を引き上げて、次第に評価額に基づく課税に近づけていくような税負担の調整措置が講じられることになつた。そして、土地に係る固定資産税については、本来の原則による税額と負担調整措置を適用した場合の調整固定資産税額とを比較して、いずれか少ない額をもつて当該年度の当該土地に係る固定資産税額とすることにした。

まず、昭和三九年度分及び昭和四〇年度分の農地以外の土地の固定資産税については、その各年度分の固定資産税の課税標準となるべき額すなわち新評価額が昭和三八年度分の課税標準額の1.2倍をこえる場合の各年度分の固定資産税の税額は、昭和三八年度分の課税標準額の1.2倍の額によつて算定した税額によることとされた(昭和三九年法律第二九号による改正後の地方税法附則三四項ないし四一項)。

都市計画税についても右と同様の負担調整措置がとられた(右同)。

次に、昭和四一年度から昭和四四年度までの農地以外の土地に係る固定資産税の負担調整措置は、本来の原則による税額が新評価額の昭和三八年度評価額に対する上昇率の区分に応じて定める負担調整率(上昇率三倍未満は1.1、上昇率三倍以上八倍未満は1.2、上昇率八倍以上は1.3)を毎年度、前年度の課税標準額に乗じて得た額を課税標準となるべき額とした場合における固定資産税額(調整固定資産税額)をこえる場合には、当該調整固定資産税額をもつてその年度の税額とするというのであつた(昭和四一年法律第四〇号による改正後の地方税法附則三〇項)。

都市計画税については、昭和四一年度から昭和四三年度までの間に限つて、評価上昇率の区分に応じた段階的な負担調整措置がとられたが(但し、負担調整率は固定資産税と異なり、1.3、1.6及び1.9である。昭和四一年法律第四〇号による改正後の地方税法附則四八項)、昭和四四年度については負担調整措置がとられなかつた(したがつて、昭和四四年度は新評価額によつて税負担を求めることとされた。)。

なお、昭和四二年度は基準年度であつたが、特別の事由に該当するもの以外については、昭和四二年度に評価替えは実施しないこととされた(昭和四一年法律第四〇号による改正後の地方税法附則四一項)。

以上が、固定資産税等が急増した理由である。

前記のとおり、脱退控訴人は、公課の増額比率の範囲内で毎年二〇パーセントずつの増額請求にとどめているのであるが、それでも昭和四一年度から昭和四四年度までの三年間で賃料額は1.728倍となる。

しかし、〈証拠〉によれば、本件土地の更地としての価格は、一平方メートル当たり昭和四二年四月は三万一四〇〇円、昭和四三年四月は三万三三〇〇円、昭和四四年四月は三万八〇〇〇円であること(その上昇率は、昭和四二年から昭和四三年が1.06倍、昭和四三年から昭和四四年が1.14倍である。)、本件特約を度外視して、本件土地の賃料をいわゆる積算式評価法(更地価額の五〇パーセントを底地価額とし、この底地価額を資本価額として期待利廻り年六パーセントとする。この利潤に土地公課及び管理費を加算する。管理費は、利潤に公課を加えたものに対する年三パーセントする。)によつて算定すると、昭和四二年四月が月額九九六六円、昭和四三年四月が月額一万〇九一四円、昭和四四年四月が月額一万二六〇三円であることが認められる(なお右鑑定は、積算賃料に若干の調整を加えて、適正月額賃料は昭和四二年四月が一万円、昭和四三年四月が一万一〇〇〇円、昭和四四年四月が一万二四〇〇円であるとしている。)。

すなわち、この期間は本件土地の価格も毎年相当の割合で上昇しており、本件特約を無視して本件土地の適正賃料額を算定しても、ほぼ脱退控訴人のした増額請求にかかる金額に近い金額となるのである。

このように、本件特約に基づく毎年二割増しの増額請求は、本件土地の時価の推移と著しくかけ離れたものではなく、また、その適正賃料額と大きな差異があるものでもないから、これをもつて無効ということはできない。

なお、参加人が昭和四五年以後も本件特約に依拠して、本件土地の公課の増額に比例した賃料増額請求を続けたとすれば、適正賃料額をはるかに上廻る金額となるであろうから、そのような増額請求は無効とされるに至るであろうが、参加人が昭和四五年以後本訴の控訴審口頭弁論終結に至るまでに更に増額請求をしたという主張、立証はない。

5  したがつて、本件土地の月額賃料は、昭和四二年五月二四日以降は一万一〇〇〇円、昭和四三年七月一日以降は一万三二〇〇円、昭和四四年四月一日以降は一万五八〇〇円に増額されたことになる。

四被控訴人らが脱退控訴人に対し、昭和四二年四月分から昭和四四年七月分までの賃料として、従来どおり月額九二三〇円の割合の金員を支払つたにすぎないこと、そこで脱退控訴人は被控訴人に対し昭和四四年五月一二日到達の書面で、昭和四二年四月分から昭和四四年四月分までの増額請求にかかる賃料と支払を受けた賃料との差額七万五四五〇円を同年六月五日までに支払うよう催告するとともに、右支払のないことを条件とする賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

しかし、〈証拠〉によれば、被控訴人は、従前しばしば脱退控訴人から賃料の増額請求があり、被控訴人は請求どおりこれを認めてきたが、増額請求があまりにひんぱんであるので、昭和四二年の増額請求以後は従前の賃料額月額九二三〇円がなお相当であると考えて、この金額で支払を続けていたことが認められるから、借地法一二条二項により、被控訴人は賃料債務不履行の責任を負うことはない。

本件においては、増額請求後の賃料額は本件特約に基づいて自動的に定まることになるのであるが、本件特約の効力について当事者間に争いがある場合も、「地代の増額につき当事者間に協議調わざるとき」(借地法一二条二項)に該当するというべきであつて、本件においても借地法一二条二項が適用されるものと解するのが相当である。

したがつて、右契約解除は無効であり、参加人が昭和四五年三月三一日、脱退控訴人から、一番三の土地を買受けてその所有権を取得し、同時に脱退控訴人の被控訴人に対する賃料及び賃料相当損害金債権金額を譲り受けたことは当事者間に争いがないから、参加人は本件土地の賃貸人たる地位を承継し、脱退控訴人の被控訴人に対する賃料債権全額を譲り受けたことになる。

五参加人が被控訴人に対し、昭和五三年八月九日到達の書面で、昭和五一年七月分以降昭和五三年七月分まで月額一万五八〇〇円の割合による賃料合計三九万五〇〇〇円を右書面到達後五日以内に支払うよう催告するとともに、右支払のないことを条件とする賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

しかし、〈証拠〉によれば、被控訴人は、脱退控訴人を被供託者として、一か月一万二四〇〇円の割合による賃料(原判決が相当と認定した賃料額)を、昭和五一年七月分は同年八月三一日に、同年八月分は同年九月三〇日に、同年九月分は同年一〇月三〇日に、同年一〇月分は同年一一月二九日に、同年一一月分は同年一二月一五日に、同年一二月分は昭和五二年一月二五日に、昭和五二年一月分は同年二月二三日に、同年二月分は同年三月一五日に、同年三月分は同年四月三〇日に、同年四月分は同年五月三一日に、同年五月分は同年六月二九日に、同年六月分は同年七月六日に、同年七月分は同年八月三一日に、同年八月分は同年九月二四日に、同年九月分は同年一〇月二九日に、同年一〇月分は同年一一月一九日に、同年一一月分は同年一二月一〇日に、同年一二月分は昭和五三年一月二〇日に、それぞれ弁済供託していることが認められる。また、昭和五三年一月分ないし同年七月分についても、被控訴人主張の日に、被供託者を脱退控訴人として月額一万二四〇〇円の割合の賃料を弁済供託していることは、当事者間に争いがない。

右弁済供託の前提として、被控訴人が参加人に対し賃料の弁済提供をしたことについては主張、立証がないが、参加人は、本訴において、第一次的には、脱退控訴人と被控訴人との間の賃貸借契約は昭和四四年六月五日限り解除されたものであるとの主張を堅持しているし、その賃料額も昭和四四年四月一日以降月額一万五八〇〇円に増額されたと主張して譲らないのであるから、被控訴人が月額一万二四〇〇円の割合による賃料を弁済提供したとしても、参加人がその受領を拒否することは明らかであつたと推認することができる。

また、右弁済供託は、賃貸人が脱退控訴人から参加人に変更になつた後であるのに、被供託者を参加人ではなく脱退控訴人としてされているが、脱退控訴人は本件土地の前所有者かつ前賃貸人であり、しかも脱退控訴人は参加人の代表取締役であつて、参加人の取締役はすべて脱退控訴人はじめ池田一族によつて占められていることは当事者間に争いがない。なるほど脱退控訴人と参加人とは法律的、形式的には別個の人格を有するものであるが、右のとおり極めて密接な関係にあり、少なくとも本件賃貸借契約の関係においては実質的には同一のものとみなしても差し支えないというべきであるから、被控訴人の右供託は、本件土地の賃料の供託として有効なものと解するのが相当である。

更に、被控訴人は原判決によつて昭和四四年四月の時点における適正賃料であると判断された金額によつて弁済供託をしており、その後新たな賃料増額請求はないのであるから、右金額が本件土地の賃料として相当であると認めて供託をしたものと推認することができる。

以上のとおり、参加人主張の催告期限である昭和五三年八月一四日までには、被控訴人は、自己の相当と認める賃料を催告にかかる全期間についてすでに適法に弁済供託しているのであるから、被控訴人にはなんら賃料債務の不履行はなく、参加人主張の契約解除は無効である。

六以上のとおり、参加人の契約解除の主張はいずれも理由がないから、これを前提とする参加人の本件建物収去、本件土地明渡の請求及び賃料相当損害金の支払請求は理由がない。

そこで、賃料の支払請求について判断する。

前記のとおり昭和四二年四月分から昭和四四年七月分までの賃料については、被控訴人は相当と認める月額九二三〇円の割合による賃料を支払済みである。また、昭和五一年七月分から昭和五三年七月分までの賃料についても、被控訴人は相当と認める月額一万二四〇〇円の割合による賃料を適法に弁済供託しているから、この期間の賃料については、弁済供託された金額の範囲で賃料は弁済されたことになる(なお、昭和五三年一月分から同年七月分については被控訴人が取戻して被供託者を参加人として昭和五四年二月五日改めて弁済供託したことは当事者に争いがないから、この時点で弁済がされたことになる。)。

次に、昭和四四年八月分から昭和四六年一二月分については、一か月九二三〇円の割合で、被供託者を脱退控訴人として弁済供託していることは、弁済供託の日は別として、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和四七年一月分の賃料として九二三〇円を同年二月四日に被供託者を脱退控訴人として弁済供託し、昭和四七年二月分から昭和五一年六月分までの賃料として、一か月一万二四〇〇円の割合による金員を、いずれも被供託者を脱退控訴人として、遅くとも翌月三〇日までに弁済供託していることが認められる。

昭和五三年八月分から同年一二月分については、被控訴人主張の日に、一か月一万二四〇〇円の割合によつて、被供託者を脱退控訴人として弁済供託した後にこれを被控訴人が取戻し、被供託者を参加人として昭和五四年二月五日改めて弁済供託したことは、当事者間に争いがない。

そして、以上の昭和四四年八月分から昭和五一年六月分及び昭和五三年八月分から同年一二月分の賃料についても、被控訴人が月額九二三〇円又は一万二四〇〇円の賃料額を相当と認めていたこと、弁済提供を経ないでした弁済供託が適法なものであること、賃貸人が参加人に変わつた後もなお被供託者を脱退控訴人として行つた供託が参加人に対する賃料の弁済供託として有効なものとみなしうることについては、契約解除の主張に対する判断においてすでに述べたことと同様のことをいうことができる。

したがつて、これらの期間の賃料についても、被控訴人が供託している金額の限度で賃料は弁済されたことになる。

しかし、参加人主張の賃料の増額を正当とする本判決が確定した場合には、右のすでに支払つた額は賃料額に不足することになるから、被控訴人はその不足額に年一割の割合による支払期後の利息を附して支払う義務がある。

そこで不足分を算定すると、昭和四二年四月分から昭和四四年七月分については、八万五四七六円となる。すなわち、この間の賃料は、昭和四二年四月一日から同年五月二三日までは月額九二三〇円、昭和四二年五月二四日から昭和四三年六月三〇日までは月額一万一〇〇〇円、昭和四三年七月一日から昭和四四年三月三一日までは月額一万三二〇〇円、昭和四四年四月一日から同年七月三一日までは月額一万五八〇〇円であり、その総額は三四万三九一六円になるところ(円未満切捨て)、この間被控訴人は月額九二三〇円の賃料、合計二五万八四四〇円を支払つているから、不足額は八万五四七六円となる。

参加人は、右不足額は本来の賃料の支払期を経過すれば直ちに遅滞になるとの見解の下に、右不足額に対する訴状送達の翌日以後の遅延損害金を請求しているが、賃貸人は相当と認める賃料を支払えば遅滞の責を負うことはないのであるから、遅延損害金の請求は理由がない。しかし、参加人の請求は、借地法一二条二項所定の利息の支払を求める趣旨も含むものと解されるから、年一割の利息の内金である年五分の割合による利息としてその請求を認容することにする。

次に、昭和四四年八月分から昭和五三年一二月三一日までは、月額一万五八〇〇円の賃料、総額一七八万五四〇〇円を支払うべきところ、被控訴人はこの間、昭和四七年一月分までは月額九二三〇円、昭和四七年二月分以降は月額一万二四〇〇円、合計一三〇万六一〇〇円を支払つているから、不足額は四七万九三〇〇円となる

したがつて、本判決が確定したときには、被控訴人はこれら金員を参加人に支払う義務がある。

七そこで、参加人の本訴請求のうち、賃料の支払請求は右に認定した限度でこれを認容することとし、賃料の支払請求のうちその余の請求、本件建物収去、本件土地明渡の請求及び賃料相当損害金の支払請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとする。

なお、脱退控訴人に対する請求にかかる訴訟は、脱退控訴人の脱退により終了したものであるから、脱退控訴人の控訴については判断する必要がない。

承継参加人は訴訟費用の関係も承継すると解されるから、原審以来の訴訟の総費用につき裁判することとし、民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(輪湖公寛 寺井忠 矢崎秀一)

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